2010年12月26日

2010年下半期 読んで面白かった本のベスト10 (続)

《本来は30日に記載する分ですが、少し早めに掲載致します》


さて、この103冊の中から選んだベスト10。
いつものことながら写真の写りが悪いのは、ご容赦あれ。

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◆10位  今回も建築・住宅の分野は実りが少ない。  この著は構造とか省エネということを無視し、もっぱら無添加のみに走っている。卓見もあるが偏見も多いので落選と考えていた。ところか、アトピー患者は国民の0.6%、つまり70万人も居るとNHKニュースが話していたので急遽ランクイン。週評258回、10月1日付を参照。

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◆9位  2冊とも古い著書だが、グローバル化で日本企業の海外進出に拍車がかかってきている。その時、トップのマネージメント能力が厳しく問われている。文化と習慣、意識構造が違う人種に対するマネージメントの苦労話は、多くのことを教えてくれている。「15億人を味方にする」は9月10日のこの欄で紹介。

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◆8位  この著書は7月5日に紹介。  メタボリック症候群などがいろいろ取り上げられているが、一番目立つのは子どものアトピーと若き母親の乳ガンの多さだという。メタボリック症候群を含めて原因は同一。砂糖と油の多い食事にあるという指摘は、あまりにも適切で痛烈。

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◆7位  この著は9月22、23、25、27、29、30日と6回に分けて紹介。
ちょっと買いかぶりすぎたかも…。

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◆6位  この著も9月20日に紹介。  今世紀に入って日本が一貫してデフレ不況に見舞われている最大の原因は、日銀法の改正により日銀が誤った独自性を発揮して日本経済をミスリードしてきたことにあると糾弾している。
政府の目的は「雇用の最大化と物価の安定」。その目標を達成する手段の独自性は中央銀行に与えられている。ところが、日銀の白川総裁は「雇用や経済成長に対する責任は日銀にはない」として、−1%〜0%の経済成長率で運営してきた。諸外国は1〜3%の消費者物価指数を目指して運営しているのに…。
この著書の影響もあってか、秋口以降の日銀は円高に対してやっと重い腰をあげてきているが、名目4%、実質2%という成長率を達成するための具体的なシナリオを日銀も菅内閣も持っていない。賢明なる航海士が居ない日本丸。このために成長率が世界一低く、デフレと円高に苦しめられている。

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◆5位  この著書は07年に日経BP社から刊行され、このほど文庫本になったもの。
著者は2003年から08年までの5年間、民間企業から杉並区和田中学の校長として迎えられ、地域社会と一体になって中学校を蘇生させた輝かしい実績を持っている。現在は橋本大阪知事の顧問として活躍中。
中学校の数は1万校。そのうちの3000校に、校長として外部の血を迎え入れるべきだと著者は訴えている。しかし、それには9つの条件があるという。
(1) 毎週校長主導の公開授業を行う (2) 支援組織「地域本部」を校内に立ち上げる (3) 50分28コマ授業を45分32コマへ変更する (4) 校長自らゴミを拾い、トイレの掃除をする (5) 校庭の荒れ地や倉庫を一掃 (6) 訓示をやめ職員会議も短く (7) 不用な政府のアンケートには答えない (8) 職員の朝礼はチャイムと共にはじめ、ダラダラ報告はやめる (9) サボリ屋の先生にはやめてもらう。

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◆4位  これは週評の第267回、12月3日を参照いただきたい。
著者は小説として書いたのだろうが、小説としての面白さはほとんど感じなかった。いや、著者が医師なので、小説的な手法を用いなくても主人公の技術のすごさを客観的に表現出来たせいかもしれない。ともかく、外科医・須磨久善の生き様が強烈で、引き込まれてしまう。したがって、あえて医・農・食・環の分野に分類した。
日本の医師会にはいろいろ問題もあるようだが、このように世界をまたにかけて頑張っている優れた人もいる。書評を読んで分かった気になられたのでは困る。1200円で買える本だから、是非正月休みにご一読を。

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◆3位  この著は、大晦日付の週評で紹介しているので、その折に参照あれ。
137億年前、ビックバンで宇宙は生まれたことは知っている。その宇宙が膨張を続けてきていることも知っている。そろそろ膨張速度が鈍ってきたのかと考えていたら、さらに加速度をつけて膨張しているのだそうだ。
望遠鏡で、遠くの星を見ることによって、135億年前ことまでは分かるようになってきた。しかし、ビックバン前後の2億年間のことは分からない。その時期には星が生まれていないので、いくら望遠鏡で探しても光を反射する物体がないので何も見えない。
そこでどうするかというと、素粒子物理学で10の−27乗から−35乗という素粒子の微細な世界を探ることで、初期の宇宙の謎をが探れるのだという。
そして、今世紀に入って、宇宙に関する今までの常識は大きく塗り替えられたと言う。大変に難しい話だが、分かりやすい比喩で最後まで息もつかせずに読ませてくれる。

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◆2位  コメ作りや野菜作りに比べて、畜産は大な投資を必要とする。しかも、国の政策は二転三転。農協の指導にまともに付き合っていたら潰される。そのせいか、今まで畜産業で元気のよい話はあまり聞こえてこなかった。
たまたま今年の秋になって、面白い本が2冊出版された。「三元豚」物語は、11月25日、30日と12月5日の3回で紹介済み。ここでは吉田牧場に絞って紹介したい。
高校時代の著者は探検本が大好き。「探検と冒険」という8巻シリーズを読んでいたら著者は京大と北大卒が圧倒的に多い。京大は無理なので北大を選び、一番拘束されない学部は農学部の畜産科と知って入学。もっぱら山歩きに熱中。卒業して農協の経理部に勤めたが性に合わない。やめた時、北海道で農場のリース制度が始まるのを知り申し込んだ。そしたら、親から「俺たちも寒い北海道へ移れということか」と怒られ、大学を出て5年目の1984年に故郷の岡山の山奥で牧畜を始めることを決めた。
しかし、生産調整で乳牛の削減を迫られ、チーズ作りに転身。フランスやイタリアに学んで24時間放牧による健康な牛乳で特上の味のチーズづくりに成功。現在は親夫婦と息子夫婦の4人の家族経営にこだわり、毎日400リットルの牛乳から各種のチーズを作り、通信販売44%、レストラン40%、直売所15%、百貨店1%の比率で出荷。その美味しさで山田牧場の名は世界に知られるようになってきている。

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◆1位  故人の、あの井上ひさし氏が、約3年前にこんな素晴らしい著作を世に問うていたとは知らなかった。私は商売柄、建築家や都市工学家の書いた都市論は嫌というほど読まされてきた。しかし、心に響き、納得出来たものは皆無といってよい。
もちろん井上氏は都市工学の専門家ではない。この著作は意識的に都市のあり方を追求したものではない。文字通りの紀行文にすぎない。
それなのに、自活し自立する都市とは何か、地方自治とは何かを鮮明に描いてくれている。建築に携わる者にとって、必読の書だと断言したい。
ボローニャは、イタリアのフィレンツェから北に約80キロ。人口37.5万人の都市。この街に、美術館・博物館・陳列館が計37ヶ所ある。映画館が50ヶ所で劇場が41ヶ所。図書館にいたってはなんと73ヶ所。
日本の人口37万人強の都市というと、和歌山市、豊橋市、高崎市などが挙げられる。これらの市にはコンビニやドラッグストア、パチンコ屋の数は多いが、文化施設はボローニャの1/10もない。
パチンコをした後、家に帰ってテレビを視て、インスタントラーメンを啜って、サプリメントを飲んで寝るだけ。
著者は、この中の産業博物館を取り上げて詳報。この博物館は3原則で運営されている。
(1) 2ヶ月毎に展示内容を替える。工業専門学校の学生が知恵を絞ってデザインを変更すること。
(2) 展示物の前には必ず赤いボタンがあり、例えば@を押すと街が上昇して地下1階の紡績工場が見られる。さらにAのボタンを押すと地下2階の網の目状の水路が見られ、昔の動力を知ることが出来る、など立体的な工夫を凝らすこと。
(3) この会館は卒業生達の同窓会館でもある。常に新しい技術情報を発信し、技術と情報の交流と共有を深めること。
この市には、9つの地区評議会がある。評議員は20〜24名で、任期は5年。1回5000円の交通費は支給されるがボランタリー。公共事業、保安、教育、社会、文化、スポーツなどの予算に対する提案権と、年間7億円の予算編成権を持っている。
また、この市は戦後の復活を政府に依存せず、4原則を基本に自力で復活を果たした。
(1) 女性の力の必要性を謳い、共有の保育所を建設する。
(2) 歴史的な建造物と郊外の緑は市の宝として保存し、維持する。
(3) 投機を目的とした土地の売買は、お互いに禁止する。
(4) 都市の職人の工場の増設は認めない。ただ熟練した職人の分社化は例外的に認め、街の景観を守る。景観を無視した都市の拡張は長期的にみて必ず失敗する。
そして、地元銀行は利益の49%を地元に還元することが義務づけられている。このため。各行は文化やスポーツ、弱者に資金を提供する財団を持っている。

あの河村たかし市長が目指しているのは、名古屋市のボローニャ化なのかもしれない。


どうぞ、よいお年をお迎えください。



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2010年12月25日

2010年下半期 読んで面白かった本のベスト10


相変わらずの乱読。下期だけで450冊を超えた。
ところが、このうちの10%ほどは完読していない。しかし、根がケチな性分で、どんな本でも1/3までは我慢して読むことにしている。例えば240ページの本だと80ページまでは何が何でも読む。
そして、いよいよ読むに耐えないと分かった時は、飛ばして最後の1/6の40ページを読む。つまり、全体の半分は読むことにしている。
どんな種類の本の飛ばし読みが多いかというと、「私」のことしか書いてない小説およびその類。1割ぐらいの本は、こうして半分しか読まずに捨てられる。したがって、正味の冊数は420冊というところ。

この中で、今回一次審査をパスした本は100冊を超えて上期より10冊ほど多い。審査が甘かったかもしれない。
中で一番多かったのが医療・農業・環境・食料関係の25冊。ベスト10入りをした本が5冊もあり、なかなかの粒ぞろい。
次は経済・経営・政治の22冊。新刊よりも1年以上前に刊行されたものの中に優れたものが目立った。今回から1年以上前に出版された本には頭に△印をつけた。ただし、文庫本として新規に出版されたものには△が付いてないのでご注意を。
ノンフィクションや小説にこの△が多かった。これは新刊で面白そうなものに出会う機会が少なかったから。とくに小説は「新青年社長」など軒並み期待はずれで、ベスト10入りはゼロ。
ただ、科学・技術・教育の分野でベスト10入りさせたい新刊書が数冊あったことが嬉しかった。

しかし、ここに挙げた103冊の本が、皆さんが正月休み用に買われる時に、どれほどの効果があるかは、不明?

【環境・農業・食品・医療】 25冊
・変な給食                     幕内秀夫    ブックマン
・熊のことは、熊に訊け            岩井基樹        つり人社
・地産地消と学校給食             安井 孝        コモンズ
・捕るか護るか? クジラの問題       山川 徹          技術評論
・よみがえれ 知床               辰野和男ほか     朝日新書
・百姓探訪                     立松和平    家の光協会
・にっぽん自然再生紀行            鷲谷いづみ  岩波科学ライブラリ
・知らないと怖い環境問題          大地徳勝         共立出版  
・4千万本の木を植えた男が残す言葉   宮脇 昭       河出書房新社
・おしゃれなエコが世界を救う        サフィア・ミニー     日経BP
・酸化ストレスから身体をまもる       嵯峨井勝         岩波書店    
・最強の農家のつくり方             木内博一        PHP
・食の極道                      勝谷誠彦    文春文庫
・イルカと泳ぎ、イルカを食べる         川端裕人      ちくま文庫
・ほんとの野菜は緑が濃い            河名秀郎   日経プレミアム
・日本の森から生まれたアロマ         稲本 正       世界文化社
・外科医 須磨久善                海堂 尊      講談社
・お母さんは世界一の名医            西原克成       健康選書
・西洋医がすすめる漢方              新見正則      新潮選書
・イルカを食べちゃダメですか?        関口雄祐        光文社新書
・平田牧場「三元豚」の奇跡          新田嘉一         潮出版
・地元の力                     金丸弘美     NTT出版
・吉田牧場 牛と大地とチーズの25年    吉田全作        ワニブックス
・△ 食の堕落を救え               小泉武夫    廣済堂文庫
・△ 奇跡のラーメンはどのように誕生したか 草村賢治      旭屋出版


【技術・科学・教育】  14冊
・冬眠の謎を解く                   近藤宣昭    岩波新書
・原発とプルトニウム               常石敬一   PHPサイエンス
・人物で語る化学入門               武内敬人      岩波新書
・タイム・トラベラー               ロナルド・マレット 祥伝社
・ミツバチは本当に消えたか?         越中矢住子 ソフトバンククリエテブ
・深海のとっても変わった生きもの       藤原義弘         幻冬舎
・私にはもう出版社はいらない         アロン・シェパード   WAVE出版
・カオスとアクシデントを操る数学       バーガー&スタバード   早川書房
・ぶらりミクロ散歩                 田中敬一     岩波新書
・校長先生になろう!                藤原和博     ちくま文庫
・スイスの山の上にユニークな高校がある  大西展子       くもん出版                 
・ミミズの話                 エィミイ・ステュワート 飛鳥新社
・太陽系大紀行                   野井陽代     岩波新書
・宇宙は何でできているか            村山 斉      幻冬舎新書

【経営・経済】  22冊
・官僚のレトリック                 原 英史      新潮社
・民間軍事会社の内幕              菅原 出      ちくま文庫
・リーマンブラザーズと世界経済を殺したのは誰か 桂木明夫     講談社                 
・お母さん社長が行く              橋本真由美      日経BP
・絶対こうなる日本経済       榊原英資、竹中平蔵、田原総一朗  アスコム
・どうせ払うなら住民税より環境税      赤塚裕彦     ルネサンス新書
・官僚村生活白書                 横田由美子      新潮社
・日本経済のウソ                  高橋洋一    ちくま新書
・第4の産業革命                  藤原 洋   朝日新聞出版
・誰も語らなかった防衛産業           桜林美佐        並木書房
・東京の副知事になってみたら         猪瀬直樹       小学館新書           
・ウィグルの母              ラビア・カーデル自伝 ランダムハウス
・若者のための仕事論              丹羽宇一郎      朝日新書
・狙われた日華の金塊               原田武夫       小学館
・日本は世界4位の海洋大国          山田吉彦       講談社α新書
・△カンブリア宮殿(1)             村上龍×経済人     日経出版
・△カンブリア宮殿(2)              村上龍        日経出版
・△カンブリア宮殿(3)そして消費者だけが残った 村上龍     日経出版
・カンブリア宮殿(4) 景気回復に依存しない   村上龍       日経出版        
・△15億人を味方にする 中国一の百貨店天津伊勢丹  稲葉利彦   光文社
・△私の部下はイギリス人            デンゾー高野     太陽企画
・△チャイナリスク                 立石泰則    小学館文庫

【小説】  16冊
・虚 報                       堂場瞬一      文春
・マグマ                       真山 仁    角川文庫
・月華の銀橋                    高任和夫      講談社
・裁判員                       小杉健治     NHK出版
・生 還                       大倉崇裕   山と渓谷社
・組曲 虐殺                    井上ひさし     集英社
・新青年社長(上)                 高杉 良      角川書店
・新青年社長(下)                 高杉 良      角川書店
・スギハラダラー                 手嶋龍一       新潮社
・△偽装報告                     高任和夫     光文社
・△架空取引                     高任和夫    講談文庫
・△漁火医者                     志賀 貢    角川文庫
・△炎の経営者                   高杉 良     文春文庫
・△マネーロンダリング・ビジネス       志摩 峻      ダイヤモンド
・△チャイナゲーム                 千代田哲雄   実業の日本
・△自転車少年記                  竹内 真      新潮社

【ノンフィクション・旅行】 18冊
・披露宴司会者は見た !             石川楽子        講談社
・出会い系のシングルマザーたち        鈴木大介     朝日新聞出版
・橋はかかる                  村崎太郎+栗原美知子 ポプラ社
・アフリカに賭ける商社マンの痛快人生   克施克彦         彩流社
・心配せんでもいい                小籔実英      佼成出版
・遊牧夫婦                      近藤雄生    ミシマ社
・渓のおきな一代記                瀬畑雄三     みすず書房
・この落語家を聴け !               広瀬和生     集英社文庫
・激突 !                        猪狩俊郎    光文社
・△赤めだか                     立川談春     扶桑社
・△マンハッタン116丁目の休日        山田伸二        東京出版
・△旅で眠りたい                   蔵前仁一    新潮文庫
・△ホテルアジアの眠れない夜          蔵前仁一      講談社文庫
・△インドは今日も雨だった            蔵前仁一     講談社文庫
・△アジア快食紀行                 小泉武夫   智恵の森文庫
・△麻婆豆腐の女房                 吉永みち子  智恵の森文庫                     
・△食べるが勝ち !                 星野知子    講談社文庫
・△ボローニャ紀行                 井上ひさし      文春

【建築・住宅】 8冊
・木の家をつくりたい                小林伸吾    アスペクト
・みんなが知りたい超高層ビルの秘密     尾島俊雄ほか   サンエスアイ新書
・太陽光発電は本当にトクなのか ?       山下和之      マイコミ新書
・木の教え                      塩野米松   ちくま文庫
・地域再生の罠                   久繁哲之介   ちくま新書
・完全無添加住宅の作り方            秋田憲司       東京書店
・狙われるマンション                山岡淳一郎  朝日新聞出版
・高層マンション症候群              白石 拓     祥伝社新書



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2010年12月21日

エネルギー・パス制度をどう考えるか   学術会議(続々)


セミナーのあと、1時間近い質疑応答が…。
自分の所属大学名と氏名を記入した質問書を司会の村上周三先生に渡す。
質問者はほとんどが会議員の大学教授ないしは研究員生。
員外の私だがどうしても聞きたいことがあったので、図々しく質問させてもらった。
それは、どの先生も触れなかったドイツのエネルギー・パスに代表されるEUの 「全建築物の省エネ性能の表示義務化」 の問題。
この制度を諸先生方はどのように考えているのか?  
また、これに近い制度設計が、日本で制定される可能性があるのかどうか?
 
質問は、伊香賀先生の 「アパートのオーナーや入居者に対する意識調査」 に関連する質問という形で行った。
「このような意識調査をいくらやっても、オーナーや入居者の省エネ意識改善は期待出来ないのではないでしょうか。やはりEUのような、《省エネ性能の表示義務》 という大きなインセンティブを与えないかぎり賃貸住宅の省エネ改修は進まない。ドイツの例では、この省エネ性能表示の義務化によって、とくに旧東ドイツ時代の中古アパートでの外壁断熱強化と高性能サッシへの取換え工事という一大断熱改修ブームが起こっています。是非日本でも、これに匹敵する制度設計を考えていただきたい」 と。

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これに対して、まず伊香賀先生は次のように答えた。
「快適性能を促進し、エネルギー性を向上させる断熱改修工事は、絶対に必要な要件。すでに全国で22の自治体が取り組んでいます。この動きが、これから加速化してゆくことは間違いありません。ただし、日本の場合に法的な義務化というところまで踏み込めるかどうかについては、私は答えることが出来ません」

次は吉野先生の発言。
「EUの省エネ性能の表示の義務化については、強い関心を持っています。ただ、個人的にはエネルギー性能の表示だけでよいとは考えていません。何と言っても空気質とか快適性ということを忘れてはなりません。つまり。Q値だけを追うのではなく、気密性なども追わねばなりません。素晴らしい換気性能を付加してゆくという視点がないと、絶対に成功するとは考えらないからです」

この吉野発言を受けて、村上先生が次のようなコメントを挟んだ。
「吉野先生の言われる通り。昨年春の改正省エネ法が問題です。私が知らないところでいつの間にかC値の基準が削除され、換気に関する基準も削除されていた。これは大変にけしからぬ話。単にQ値だけを追うのではなく、気密性と換気性能も追ってゆかねば片手落ちです。この点はなんとしてでも再改正させねばなりません」 
この発言には、正直なところ驚いた。
改正省エネ法で、C値や換気に関する項目が削除され、実質的には改悪でしかなかったのは、村上先生等上からの圧力、つまりトップダウンの指示があったからではないかと私は考えていた。昨年の春の新建ハウジングに記載された鈴木大隆氏のコメントを読んで、そのように早トチリをしていた。
そうではなく、気密や換気が持つ意味の重要性が分かっていない半端役人の段階で、大手プレハブメーカーなどの入れ智恵で、この大切な項目が外されたというのが真相らしい。
いまさら犯人捜しをしてもラチがあかない。
ともあれ、村上先生が「気密と換気の項目を外したのはけしからぬ」 と断言したことは、大変に喜ばしいこと。
これだけでも質問した甲斐があったと言える。

これに加えて、藤野氏が次のようにコメントした。
「私どもの中長期計画では、次世代省エネ基準を上回る《推奨基準》を考えています。その推奨基準ではQ値はもとより、C値も0.5p2としています」と。
C値が0.5p2という推奨基準は、国交省が言うところのトップランナー基準のことを指すのか、それとも経産省で別の基準を考えているのか?
質問しようとしたら、浅見先生か中上氏かが、更に次のようにコメントを加えた。

「アメリカの建築業界は大変に遅れているように思われているが、ハーズなどで省エネ化が進んでいます…」 と。
ハーズ?
昔、R-2000住宅をオープン化する時に、坂本雄二先生にお願いしてコンピューターのソフトを開発してもらった。それをHERS(Handy Energy Reckon System)と呼んだ。それがオーソライズされてSMASHになった。あとは光文社のファッション雑誌名のことは知っているが、アメリカのハーズは聞いたことがない。これまた質問しようと思ったが、話題はさらに先へと進んだ。
「ご案内のようにアメリカの環境保護庁は、エネルギースター制度を発足させており、エネルギースターでビルのランキングが発表されるようになってきています。上位にランキングされたビルの不動産価格は、当然のことながら上がってきています。EUの性能表示の義務化以外でも、世界ではこのような動きが出てきており、経産省ではこのエネルギースター制度を日本へ導入すべく、現在準備を進めています」

アメリカのエネルギースター制度は、オフィス機器の省エネ化からスタートし、現在ではビルそのものの省エネ性にまで及んでいるらしい。そして、オフィス機器に関しては10年前にEUとも提携の調印をしている。
詳細な実態は分からないが、日本のカスべ(CASBEE)よりは普遍性を持っているのだろう?

そして、各氏の発言を総括する形で村上周三氏が次のように話した。
「いずれにしても、当該するビルや住宅の省エネ性能が、誰の目にも明確に分かるものでなければなりません。つまり、性能の《見える化》が必要です。もちろんこの性能は省エネが主体となりますが、先ほど指摘があったように気密性や快適性を含めたものでなければなりません。環境省は、住宅やビルの標準化を行った上でラベル化を考えています。EUの省エネ性能表示義務化とは若干異なるかも知れませんが、性能の表示化は避けられない方向であり、私どももその実現に向けて努力を続けて行きます」

すでに書いた疑問の外に、もう一つ質問したいことがあった。
それは、「日本住宅の最大の大家は公営住宅の地方自治体であり、国交省所管の公団住宅。この低性能な中古住宅を多く抱えている国交省は、本来は率先して大規模断熱改修工事を行うべき。けれどもカネがないから自分から言い出せない。このため、経産省とか環境省あたりに音頭を取ってもらわない限り、既存の中古賃貸等の本格的な断熱改修工事は、日本では進まないのではないか」 というもの。
しかし、部外者の私の質問で大幅に時間を取ってしまい、追加質問をする時間がなくなりタイムアップ。

感想を一言で言うならば、今までは各先生ともEU主導の 「省エネ性能表示の義務化について」 は積極的に発言をしてこなかった。
だが、諸先生はかなり勉強をしていて、それに近い制度の必要性については十二分に認識していることはわかった。
その点では満足出来る成果が得られた。
しかし、肝心の産業界や政界、報道界には真の意味でリーダーが不在で、意欲と盛り上がりに欠けている。
こんな時に、積極的に動いてくれる政治家が一人もいないのだから情けなくなる。
小沢チルドリンかんな何人いても全く意味がない。本当に住宅のことと環境のことが分かる政治家を、一人で良いから育ててゆく義務が産業界にあるのだが…。

結局は、経産省か環境省の意識の進んだ役人が、どれだけ優れた仕掛けを用意できるかにかかっている。 としか言えないようだ。

どんな形で議論が尽くされ法制化されてゆくかを、静かに(時には騒々しく)見守ってゆくことにしょう。



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2010年12月20日

エネルギー消費実態と認識との乖離   学術会議(続)


前回の松村発表に続いて、各講師の発表内容を簡単に触れておく。

中上英俊氏(住環境計画研究所)の「エネルギー基本計画と低炭素化」は、今年3月に経産省が改定した「エネルギー基本計画」の策定作業に参加した折の裏話を含めて、2030年のエネルギー需給の姿を詳細に話した。しかし、内容はすでに発表済みで新鮮味が乏しかった。

浅見泰司氏(東大空間情報科学研教授)は、もともと都市工学が専門。「低炭素社会に向けた都市環境の変化」は、ビル建築で徐々に浸透し始めている CASBEE (カスべ。建築物の総合的な環境性能評価システム) を、いかにして都市環境にまで広めてゆくかという話。このカスべには住宅も包含されているが、低層住宅関係者では誰一人としてカスべに関心を持つ者はいない。パッシブハウスの方がはるかに知られているのが現実で、省略させていただく。

藤野純一氏(国立環境研究所)の「地球温暖化対策に係わる中長期ロードマップ」は、メキシコのカンクンで開かれたCOP16の報告も兼ねていたが、話が独善的で意味不明。
ただ今年3月に推計した中長期ロードマップを最近になって書き換えた資料が提示されていた。その新しいマップのほんの一部を紹介。
◇世帯数  5038万世帯(2005年)  5357万世帯(2020年)  5242万世帯(2030年)
以下は国内CO2▲25%の場合の必要普及度。
◇高性能給湯  70万台(2005年)  3800万台(2020年)   4880万台(2030年)
◇内燃料電池   0万台(2005年)   100万台(2020年)    200万台(2030年)
◇太陽光発電  144万kW(2005年)  5000万kW(2020年)  10100万kW(2030年)
◇太陽熱温水   61万kl(2005年)   178万kl(2020年)   282万kl(2030年)

伊香賀俊治氏(慶大システムデザイン工学教授)の「都市・建築におけるCO2排出量の50年までの長期予測」は、いくつかのモデル例、アンケート調査などをもとに発表されたが、このままでは2020年の民生部門のCO2は90年比で39%も増大するという話だけが耳に残った。それに対する具体的な対応策が示されなかったのが残念。

最後に登壇した吉野博氏(東北大工学研教授)の「建築・都市におけるエネルギー消費特性の実態」は、本人だけでなく各先生方の今までになかった新しい調査・研究の発表が含まれていて面白かった。
例えば秋田県大長谷川准教授の「農村部を対象にしたエネルギー実態調査」、東京理大井上教授の「集合住宅共用部のエネルギー消費量」、横浜国大鳴海准教授の「小売店舗のエネルギー消費実態」など、新しい発見があった。
しかし、何と言っても面白かったのは森原佑介、井上隆の両氏が2005年の9月から2006年の8月までの1年間に亘る135世帯の用途別エネルギーの実態調査と、アンケートによる入居者の認識調査。これは2009年7月の空調・衛生学会で発表されたものらしい。
しかしどの地域で、どの程度の性能住宅を対象にしたものかが分からない。
東京理大の研究者データベースには発表論文の題名は記載されている。
だが、論文そのものは見つからない。井上隆教授の場合はE-mailさえも未公開。
あちこちをネットで探していたら、平成20年の環境白書の32ページに、吉野先生が提示したのとそっくりの図が掲載されているのを発見。

P1030903.JPG
図をクックして拡大していただくと、数値がよくわかります。

環境白書によると、この図は2007年の建築学会で発表されたものを、エネ経研の2008年版に掲載され、それを見た環境省が各種のデータをアレンジして、独自に作成したものらしい。
つまり、図の上半分は昨年の空調・衛生学会で発表された原形に近いもので、下の図は環境省のアレンジ編。(上の図の%は私の方で書き込んだもので、若干の違いがあるかもしれません)
そして、上図は2人の研究者の調査になっているのに対して、環境省のものは2人のほかに酒井涼子他でのアンケート調査となっている。
なんだかややこしい。
ただ、上半分の図を見ると暖房費の実態が15%で、冷房費の実態が3%となっているから、関東エリアを中心に調査したものではないかと推測出来る。ただし、住宅の性能は次世代基準以下のように感じるのだが…。
それを、環境省は用途別の全国平均値をもとにして暖房費を24%、冷房費を2%に置き換える作業を行ったのだろう。

環境省がこの図を発表した理由は、実際の計測値と消費者の意識とのズレの大きさを知ってもらいたいがため。
実態は24%しか占めていないクーラーの暖房費が40%も占めていると勘違いし、たった2%に過ぎない冷房費が30%を占めているように消費者は感じている。
両方合わせると何と70%にもなる。
ということは、消費者の意識の中では 「家庭における省エネとは、クーラーのスィッチをON、OFFにすることである」 としか考えていないということなる。

冬は暖房費を我慢するために、出来るだけ風呂へ長く浸かる。
夏は湯上り時に扇風機を回し、夜中は冷房を切って寝ることが省エネであり身体にもよいと、新興宗教を信じるように かたくなに信じている。
このため、熱帯夜には安眠が出来ず、寝不足から大きなストレスを抱え込んでいる。
生産性も落ち、社会的に大きな損失となっている。

そして関東以西の家庭で、実態面で圧倒的な比重を占めているのが給湯。
なんと39%。
それに次ぐのが照明や冷蔵庫、洗濯機、テレビ、パソコン、掃除機、ゲーム機、ドライヤー、レンジ、食洗器などの家電。これが35%。
なんと両者で74%も占めている。
それなのに消費者の意識の中では、両者の占める割合はたったの30%。
このため、家庭における省エネとは、まずお湯の使い方を減らすことであり、次は照明など家電の節約にあることが正しく理解されていない。
つまり、音を出すクーラーの暖房や冷房に気を取られていて、音をたてないサイレント・キラーに対しては無関心。

今から22年も前、立川展示場に建てた関東地域第1号のR-2000住宅で、セントラル暖房と冷房の24時間運転と間欠運転との 「燃費の比較実験」 をダイキン工業にやってもらった。
その結果を簡単に報告すると、Q値が1.4Wの性能を持った住宅だと、24時運転も間欠運転でも電気代はほとんど変わらないというのが結論。
つまり、24時間運転と言っても、冷暖房運転の実稼働をしている時間はほんのわずか。
これに対して間欠運転の場合は、OFFしている間に部屋が冷えたり暑くなっているので、ONした時には急速運転をしなければならない。このため、立ち上がり時に大量の電気を喰っている。
したがって、R-2000住宅のように、一定以上の熱損失係数を持つ住宅の場合は、全館24時間空調の方が快適性までを含めると相対的にはるかに優れている。
22年も前にこのような結論が得られている。

それなのに、未だに個別クーラーの間欠運転に、メーカーと消費者だけではなく、研究者までもがこだわっているのは理解に苦しむ。
クーラーをしきりにON、OFFさせているのは、住宅の性能が悪い証拠。
今の電気代で、全館24時間空調に切り替えることこそ、住宅メーカーと設備メーカーに課せられた社会的な課題。それをはたしていない責任追及こそ、学術会議がやるべき仕事なのではあるまいか?
もっとも、セントラル空調の3〜5倍の風を感じる個別クーラーは、夜中は消さないと身体がだるくなって健康に悪い。
このためやむをえず消すという側面があることは事実…。

P1030907.JPG

これは、良く使われる住環境研の 「世帯当たりエネルギー消費量の国際比較図」 
データが少し古い。これより若干新しい数字が発表されているが、それほど内容に差がないのでこれをそのまま使う。
この図をみれば一目のように、日本の家庭で使うエネルギー量は欧米先進国の半分。
41GJに過ぎない。 
比率は暖房29%、冷房2%、給湯34%、調理7%、家電29%%。
世界で一番お湯をムダ遣いしているのはイギリス家庭の子女。なんと18GJ。
これに次ぐのが、ジャグジーなどでムダ遣いをしているアメリカと豪州。
これに対してフランスやドイツは、日本の半分の7GJ。北欧圏も同程度。
これらの国々は温水による地域暖房システムが普及しているということもあり、全ての家がセントラル暖房。
日本のように家の中に温度差があるので湯船に肩まで浸かり、暖と疲れをとる必要性は一切ない。
このため、ほとんどの家庭とホテルには浴槽がなく、シャワーのみ。

このことが、ドイツのパッシブハウス研のエネルギー評価に繋がってくる。
そして、同研究所のシステムで評価された森みわ女史が設計した住宅の一次エネルギー、120kWh/u以内という数値に対する疑問になってくる。
最近の日本の家庭では、とくに新居ではもっぱら深夜電力で、エコキュートでお湯を沸かしている。このため、給湯代そのものは非常に安い。
しかし、実際に使用している二次エネルギーをkWh/uでみると15〜20kWh/uに及んでいる場合が圧倒的。
これを一次エネルギー換算するとなんと41〜55kWh/uとなり、120kWh/uの34〜46%を占めることになる。どう計算しても、給湯を多く使う日本の場合は、一次エネルギーが120kWh/uでは治まってくれない。
しかし、パッシブハウス研にシミュレーションを依頼すると、ドイツでの事例に従って給湯の年間一次エネルギーを20kWh/u程度と見なしてくれる。この結果、シミュレーション上ではパッシブハウスとして承認される。
しかし、実生活で一次エネルギーが120kWh/uで収まっているという実証がない。
偏屈者の私は、パッシブハウス研の省エネに対する執念と努力には大感動しているが、パッシブハウス研のシミュレーションに対する信頼度は大きく損なわれてきている。
それほどパッブハウスが唱える一次エネルギー120kWh/uにこだわる必要が、本当にあるのだろうか?

前回、松村先生の制度設計の最大の成功例として、深夜電力を使うエコキュート例を紹介した。
深夜電力を活用するかどうかは、原子力発電を公認するかどうかという国民の選択の問題。
ただ、深夜電力を一番必要とする北海道は、昼の原発の必要量が少ないから、深夜電力の余剰が少ないと聞いているが…。

ともかく日本でのCO2の削減は、原子力を無視しては語れない。
これから新設される原発の基数と稼働率が、CO2の削減率の大きなカギを握っている。
原発のことを、「トイレのない高級マンション」 と言う厳しい現実があるのも事実。
反面、日本では原発の最新の技術開発も進んでいる。
25%のCO2削減を叫んだ鳩山元首相は、最大の原発賛成論者だったことになる。
そして、値段が1/3と安い原発による深夜電力のお湯を少しばかり多く使ったからといって、一方的に 「家庭部門ではCO2の削減努力が足りない」 と騒ぐのは、よくよく考えてみるとおかしな話ではなかろうか?
一次エネルギーが、深夜電力の利用で120kWh/uを突破したとしても大騒ぎする必要がなく、大いに許される話ではなかろうか?

私の手に負えない大きな問題にぶっかってしまった。

紙数がオーバーしたので、予定していた質疑応答は、近日中に掲載。



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2010年12月15日

制度設計ミスだった太陽光余剰買取り制  学術会議セミナー


さる9日、日本学術会議シンポジウム「低炭素化に向けた経済・社会・エネルギーのあり方と実現のシナリオ」が学術会議大講堂で開催された。

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司会は村上周三氏(建研理事長)で、発表テーマと発表者は下記。
◆スマート・コミュニティの経済学          松村敏弘(東大)
◆「エネルギーの基本計画」と低炭素化        中上英俊(住環境計画研究所)
◆低炭素社会に向けた都市環境の評価         浅見泰司(東大)
◆地球温暖化対策に係わる中長期ロードマップ     藤野純一(国立環境研究所)
◆建築・都市におけるCO2排出量の50年までの長期予測 伊香賀俊治(慶応大)
◆建築・都市におけるエネルギー消費特性の実態    吉野 博(東北大)

これらの全ての発表内容を紹介したい。
しかし、年内にこの欄で取り上げられるのは2回のみ。したがって私が個人的に強く印象に残った村松氏と吉野氏の発表と、最後の質疑応答に絞らせていただく。
それ以外の先生の発表内容は、折に触れて紹介してゆくことにしたい。

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まず、東大社会科学研、比較現代経済部門教授 松村敏弘氏の発表から。
先生は、今年の8月20日付の日経の「経済教室」欄で、「太陽光発電は、余剰買取り制ではなく全量買い取り制を採用すべきである」 と強調していた。ザッと読んだがよく意味が分からず、そのまま忘れてしまっていた。
今回、改めて先生の話を聞き、その言わんとしていることの大きさを教えられた。

将来のCO2削減目標とか一般的な低炭素化社会のイメージなどという通り一遍の話は省略させていただく。
最初に先生が指摘したのは、「低炭素化社会と言うのは、全てのガス、ガソリンなどの化石エネルギーを電気に置き換えてゆくオール電化社会にほかならない」と。
つまり、冷暖房・換気・給湯・厨房をオール電化にする。そして、自動車・パス・船舶の輸送機関の電化も進める。
飛行機燃料の電化は難しいが、産業用もヒートポンプ化で大規模な電力化を進める。
したがって、大幅な省エネ化にもかかわらず、電力需要は大きく減少することはない。

その電源は、原子力・再生可能エネルギー・CCS(二酸化炭素回収貯留)。
しかし、再生可能エネルギーは最大に見ても2050年までに20%を占めるにすぎない。
それぞれのエネルギーの割合、つまりベストミックスを組み合わせてゆくことが大切。
自然にベストミックスが実現するように、透明なルールと合理的な料金体系設計が重要になってくる。とくに太陽光発電導入の社会的な費用負担に関しては、今までの制度設計の失敗例を繰り返してはならない。

さて、最近スマート・グリッドとかスマート・ネットワークという言葉が盛んに使われるようになってきた。しかし、使っている人はそれぞれ自分勝手な解釈で「スマートOOO」と発言しており、どれも定義がはっきりしていない。このため、共通の認識をもたらしてくれていない。
そこで、「スマート・グリッド」「スマート・エネルギーネットワーク」「スマート・コミュニティ」についての定義を提示したい。

スマート・グリッドというと、効率的な電力系統とか配線網のことだと矮小化して考えている向きがある。
しかし、インターネットの普及は従来の電力系統の考えを根本から変えてきている。
インターネットは、最初は人と人がネットでつながった。その次が物と人がネットで繋がるようになり、次は物と物がネットで繋がる社会が到来。
例えば、天候用センサーが農業用機器通信を通じて水やりや肥料管理を行う。
あるいは血圧や排便のセンサーから病院のデーターベースを通じて医療の指示を行う。
来客の予定から掃除ロボ、冷蔵庫の在庫確認、欠品の自動発注までを行なう。
カーナビで渋滞の少ない道を選んで走行する。
つまり、スマート・グリッドというのは、単に電力系統網のことを指すのではなく、インターネットという全ての情報通信網と接続し、それを網羅した総合的な効率の追求を考えるということ。

そして、スマート・エネルギーネットワークは、消費電力だけでなく供給も含めたエネルギー全体の効率を考えたネットワーク。今までの大型の発電所からの片方向の送電ではなく、再生可能な発電を考えた双方向のエネルギーシステムの効率化に対応しなければならない。
さらに、スマート・コミュニティというのは、エネルギーシステムだけではなく水や交通などのインフラを含めた全体の効率化を追求するコンセプト。

オール電化社会を迎えるには、電力は貯蔵が難しいから消費に合わせた発電が求められてくる。いわゆる単純なDSM(電力の総量抑制と負荷の標準化)の仕組みでは対応が出来なくなる。
太陽光発電が増えると、夏の昼間はむしろ電気が余ってしまう。そうかと思えば、雨が降りだすと途端に電気が足りなくなる。
ゴールデンウィークの期間は、出力を調整するか、電気を捨てるしかなくなる。
これを避けるには、30分単位に計量出来るスマートメータの開発と普及が急務。
しかし、それよりも重要なことは、きちんとした「規制料金体系と規制電力市場におけるDSM競争の制度設計」 をすること。

この制度設計で、われわれは貴重な成功例と失敗例を経験している。
成功例として自慢して良いのが深夜電力の割引制度。
昼間24円の電気料金が、夜間8円にすることによってエコキュートをはじめとして多くの需要を深夜へシフトすることが出来た。
そして、電気自動車の普及は、ますます深夜電力の活用を促してゆくであろう。このため、この画期的な制度も現在では珍しいものではなくなりつつある。
そして、この特別料金制度をゴールデンウィーク期間にも運用して、電力を捨てることなく活用する制度設計が求められてくる。

制度設計の失敗例として挙げられるのが、太陽光自家発電の余剰電力の固定価格買取り制度。
この制度は、太陽光発電の普及促進のために経産省が考え出したもの。
2010年度は2倍の48円で買い上げ、4年間で次第に買い上げ価格を低くし、24円に戻そうと言うもの。
この高価な買い上げ価格は、税金から捻出されるのではない。各家庭の電気料金を数十円から数百円値上げすることで賄う。
したがって、見た目はてたいした負担で無いように見え、大きな反対運動が起こっていない。
だが、電気はあらゆる財の生産に使われている。このため、負担は見た目以上に重い。

そして、この余剰買取り制度というのは、大きな問題をはらんでいる。
売電を多くするためには、昼間の電力の消費は出来るだけ少なくした方が得。
このため、太陽光発電が稼働している時間に、徹底した省エネ意欲を誘発している。
例えば、日の出前に家を冷やしたり暖めたりして、太陽発電が始まるとエアコンを切る。
昼間はテレビを消し、掃除や洗濯は陽が落ちてからにしている。
こうして見せかけの余剰を多くし、太陽光を搭載していない家庭からの収奪を、政府の公認のもとで堂々と行っている。
この余剰電力の買取り制度は、経済効率性の観点からも、系統安定性・配電対策、さらには公平性の観点からも、ひどい制度と言わざるを得ない。

買い上げ価格を36円に設定しての全量買い取り制だと、このようないびつな省エネ衝動は起こらない。
全量買い上げ制度は、「再生可能なエネルギー」 を評価するシステム。
ところが、「余剰買取り制度は、「売電した電力量の多寡」 を評価するシステム。
このいびつな制度は早くやめ、部分最適が全体最適に繋がる制度設計をしなければならない。
近未来的には、太陽光発電を電気自動車に蓄電した場合には優遇するなど、地域で開発された再生可能エネルギーは地域でムダなく効率的に利用するスマート・コミュニティこそが目指さなければならない方向。
それをやらないと、EVが普及した時、割安時間帯に急速充電が集中するということにもなりかねない。
幸い、横浜、豊田、京阪奈、北九州の4都市でエネルギーの地産地消の実証実験が始まろうとしている。
スマート・グリッドとかスマート・コミュニティの思想は、従来の省庁の縦割り行政を根本的に変えるもの。この総合的なインフラの改善という大きな改革のチャンスを、正しく見つめて対応して行く必要がある。


松村先生の発言に、私が受けた印象が上乗せされているので、発言内容とは100%イコールではない。
ドイツの太陽光政策は、完全にバブルであったという批評を多く聞く。
私も最初はドイツの政策に飛びついたが、実態を見聞したらバブルと言うよりは投機そのものだと気がついた。
したがって、本年度から始まった48円の余剰電力の買取り制度と大手プレハブメーカーのバカ騒ぎには、正直なところ苦々しく感じさせられた。36円の全量買い上げ制度であるべきだった。
投機とイノベーションとは根本的に違う。
そして、この松村理論はまだまだオーソライズされていない。
だが、学術会議のセミナーでトップバッターとして発言の場が用意されたという意義は、それなりに評価すべきであろう。



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2010年12月10日

エコプロダクツで見つけた小さな発見


エコプロダクツのことは省いて、日本学術会議シンポジュウムのことだけを取り上げようと考えていた。
そしたら、仲間からエコプロダクツのことにも簡単に触れてほしいとのメール。
実はシンポジュウムの時間が迫っていたので、うっかり撮り忘れたブーツが何ヶ所もあり、中途半端になるので掲載中止を考えていた次第・・・。
そんなわけで十分に意は尽くせないが、手元にある写真だけで紹介したい。

毎度のことだが、エコプロダクツの会場は、向かって廊下の右側の東1ホールから東3ホールと、左側の東4ホールから東6ホールと大きく分かれている。
右側の東1から東3ホールには、政府や自治体・家庭用品・食品・流通・製紙・精密機械・ケミカルなどが展示されている。どちらかというと小さなコマが多い。
これに対して左側の東4から東6ホールは、家電・建材・電気ガス・自動車など大きな企業の出品が多く、コマの規模も大きい。

私は商売の関係上、いつも左側の東4から東6ホールを先に見て、余った時間で右側の小さなブースを見て歩いていた。
右側のホールは、ついでに参考までに見て回っていたということ。
しかし、今年は趣向を変えて右側のホールを中心にして回って見た。
その結果、次のことが分かった。
(1) 小学生を含めての参観者が、右側のホールの方が開場早々から40%程度も多い。
(2) これは、左側の大手メーカーは会社全体の省エネ動向を平面的に開陳しているだけ。
つまり、体裁を考えての展示であって、個々に面白い商品や技術の展示が少ない。
(3) したがって、自動車を除いて左側のホールは全体的に魅力が乏しい。  
その魅力の乏しいホールを、昨年までの私は主体に回っていたので得るものが少なかった。
(4) これに対して右側のホールの比較的小さなブースに面白い展示が多い。
完成度は低いが、これからの商品や技術の萌芽が見られる。

ということで、これから紹介するのは必ずしも完成度が高いとは言えないが、チェックしておくだけの価値があると印象に残ったもの。

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まず、最初に取り上げるのが広島県のブースに出展していた寺田鉄工所の自然循環式太陽温水器。
写真のように丸くて細長い眞空ガラス管を使っている「サナース」で、最大で200℃の温水が得られるという。
驚いたのは価格。今までの常識の半分以下。
コントローラーを含めて一式の定価が、155リッタータイプで約14万円。工事費を含めても20万円で上がるだろう。
これだと、下手な太陽光よりは魅力がある。

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これは、NEDOのブースに展示してあった「エリアンサス」という東南アジア産の植物。
何しろ成長が早く、背丈は人間の2倍から3倍近くにまで伸びる。
もちろん食料にはならない。
どこまでもバイオエネルギーの原料。
ところが、この植物についての細かな資料はないかと聞いたら無いと言う。
3人にいろいろ聞いたが、目玉商品のはずなのに誰も肝心な点が答えられない。
不勉強を追及したいが、面白い発見ではあった。

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これは一体何?
しばらく考えていたが分からない。
聞いてみたらルーム・チューニング機構で新しい音響効果を提供するAGC(Acoustic Grove System)だとのこと。

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たしかに、オーディオルームの音響設計に悩まされることが多い。
どれほどの効果があるかは分からないが、このカタログは引き出しの中に入れておくだけの価値はありそう。

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これは、「コルエアダクト」といって、栗本鉄工所が開発したもの。
芯は段ボール。表面をアルミでカバーした新しいダクト。
ダクトの熱貫流率は2.04Wというから、亜鉛鉄板に24キロの断熱材25ミリを巻いたものよりは劣る。
しかし、軽量で運搬はフラット状態で行え、加工や施工がいたって簡単。
このため、従来の断熱材を巻いたスパイラルダクトの半値だという。
工場や倉庫などのダクトには非常に有力。
フレキシブルダクトが全盛の住宅用に、果たして使えるかどうかは未知数だが、面白い。

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レンゴーのブースの床と壁が、段ボールの積層板で構成されていた。
29ミリ厚の合板に匹敵する段ボールが、そのままステージの床に使われている。
これだと、仮設建築物の場合は設置も解体も非常に簡単。
あなどれない強度にびっくり。

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厚さ7ミリ程度の名刺状のもの。
もらったが、一体何かが分からない。

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家に帰って封を切ったら中から30枚の程度のカラー写真が出てきた。
材質は堅くて薄いプラスチック系。そして、裏には白黒で設計士の顔写真やデザインされたピースが印刷されている。
これを見たら、設計士には下手な名刺を持たせるよりは、全員にこの完成写真カラーのカード集を持たせた方が、「訴求力と強い印象を施主に与えことだろう」と考えさせられた。
これはすごい営業ツールになる。
ただし、営業マンに持たせても効果が低い。第一線で施主と常に接触している設計士に持たせてこそ、絶大な効果があろう。

このほかに面白い商品や技術が数点あったが、写真がないので省略させていただく。
そして、何と言っても話題を集めていたのはEVなどのエコカー。

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これは、学生が作った車。

P1030793.JPG

トヨタは、今までになく、内蔵の全てが見える車を展示して注目を集めていた。



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2010年12月05日

本物の事業家魂に心酔させられた  三元豚物語 (下)


筆者が師と仰ぐ鶴岡生協の佐藤さんから「無添加のウィンナーを作れないものかね」との相談を受けたのは40年近くも昔のこと。
早速、諸先生方に聞いてまわったら「無添加のウィンナーやハムは生のサシミと同じ。ボツリヌス菌が発生して食べた人は死んでしまう。このため亜硝酸やソルビン酸という添加物が入っている。それに無添加ということは着色料も使用しないということ。肉色の生々しい感じが出なくて、まずそうな白っぽいものになる。無添加ウィンナーは絶対に不可能」と異口同音。
業界大手の技術者に聞いても答えは同じ。
そうなれば、例の持ち前の「出来ないと言うならやって見ようじゃないか」という意地っ張り根性が頭をもたげてきた。

ともかく、クリーンな工場を作らねばならない。
そこで山形の製薬工場のクリーンルームを見学に行った。その工場を見たら雑菌の繁殖がかなり抑制されそうだと分かった。しかしクリーンルームの建設には坪300万円という高いコストがかかる。
クリーンルームをつくれば生協連合会の指定工場になることが決まり、工場建設に対して各地の生協が少しずつだが出資してくれるという。
こうなればやるしかない。1971年に子会社として太陽食品 (後に平牧工房に改名) を設立してハム、ソーセージの加工に乗り出した。

新工場の生産量は1日に2トン。月に50トンの生産が可能。
各生協からの注文には十分に賄える、と獲らぬ狸の革算用。
ところが、無添加ウィンナーは最初から躓いた。
生協の組合員が全く買ってくれない。
見た目も肉という感じがせず、価格も高め。このため返品の山。
生ものだから返品されるともう終わり。廃棄処理しかない。
東北一帯の生協での売れ行きは月に2〜3トン。生産ラインの1日分。
人件費は嵩むし、厖大な投資負担がのしかかってきた。この時の危機は、筆者の経験した幾多の危機の中でも最大のものだった。
ほんの少し指で押すだけで、平田牧場は倒産したであろう。それほどの厳しい状態が続いた。

この時、東京の生活クラブ生協が組合員の希望を聞いて手始めに5トンという注文を出してくれた。渡りに舟とはこのこと。
工場から5トンのウィンナーを生協の東京・中野の倉庫に運び込み、そこから保冷車で生活クラブの配送センターへ移され、各班へと配達される。
ところが、倉庫の冷蔵施設が容量オーバーだったことと、搬出作業に2日かかったこと、
さらには後から入れた商品を先に出荷し、先に入れた商品が後回しになったこともあって、組合員から「ウィンナーがベトベトしており、異様な臭いがする」という苦情電話が生活クラブ本部へ殺到。
最初の試験配送のすべてを回収し、廃棄処分をするしかなかった。
その損害額は大きかったが、「これで東京生協との付き合いは終わりかも・・・」という虚脱感の方が大きかった。

ところが、東京生協は、「こういう事故が起こったということは、本物の無添加物であるという立派な証拠。また、挑戦してください」と言ってくれた。
そして、食中毒を防ぐために、「とりあえず保存料としてのソルビン酸は使用して欲しい」と言われた。
無添加を標榜している会社にとっては大きな後退。
だが、東京生協の要望に沿い、再び5トンのウィンナーが出荷された。
そして、やがて月10トンを超えるほどになった。
この時、著者は初めて「ありがとうございます」と心から言えた。
米作り農家には、普通「ありがとう」と頭を下げる機会がない。筆者も最初の頃は「お願いします」ということすら言えなかった。モクモクと作業をすることが良いことで、口で感謝の気持ちを伝えることは、百姓にとって「要らぬこと」だと信じてきた。
どん底に落ちて、やっと人並みに「ありがとう」と言えるようになった。

ダイエーとの取引を停止して以来、平田牧場は生協と二人三脚で成長してきた。
組合員による豚舎見学会も行われ、いろんな生の情報が得られた。とくに新聞紙とラップで包まれたブロック肉は、次の日にはこげ茶色に変色するという指摘は有難たかった。
即座に真空包装出来る機械を導入した。
そして、完全無添加ウィンナーにも真空パック包装を採用し、長時間に亘る腐敗状況のデーター取りを行った。この実験で、次第に解決策が見えるようになってきた。
ハム、ウィンナーの加工工場が完成してから15年たった1986年に、ついに日本で初めての完全無添加ウィンナーが生活クラブ生協で売られるようになった。

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この前後から、筆者は中国へ繁く足を運んでいる。
中国では、各州にそれぞれ独自の豚が存在している。それを調査している中で、浙江省の金華地区が原産の超高級豚と言われている「金華豚」に巡り合うことが出来た。
1988年にこの豚を日本へ導入し、純血統種として飼育したものを「平牧純粋金華豚」の名で、さらにランドレースとデュロックとかけ合わせたものを1993年より「平牧金華豚」の名で販売を開始している。
とても豚肉とは言えない味で、高級和牛のような霜降り肉。味噌漬けやシャブシャブ用として絶大な人気を呼んでおり、2008年の洞爺湖サミットでもこの豚が使われた。
ただ、浙江省が最近になってこの金華豚の輸出を禁止するようになった。
平牧牧場だけでのかけ合わせで種の維持は可能だが、できるだけ遠縁の種の方が強い豚が得られる。したがって輸出禁止は、痛し痒し。

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種豚の輸入に伴い淅江省だけではなく黒龍江省との繋がりも深くなり、同省から数年に亘って15名前後の農業研修生を受け入れていた。
この研修生が黒龍江省の要職に就くようになり、同省の畜牧局から「平田牧場と合弁会社をつくりたい」という要請が入ってきた。
黒龍江、松花江、ウスリー江の3つの川に挟まれた広大な平原のうち267万ヘクタールは耕作地として活用されているが、211万ヘクタールは未耕地。ここを合弁会社で開拓したいという趣旨。
現地を訪れ、「ヘリコプターで当該地を上から視察したい」と言った。だがソ連との国境に近くて軍事施設が多い。天安門事件が起こる前で、とても無理だと半分は諦めていた。
とろころが、政府が特別に許可を手出してくれ、軍用ヘリコプターで2日間、広大な平原を案内してくれた。

この時、延々と続く松花江や黒龍江を見て、閃いた。
この川はアムール河となって間宮海峡に注いでおり、日本海を経て酒田港へ直結している。全長2800キロに及ぶが、船で黒龍江省と酒田を結ぶことが出来る。
陸送よりも船便の方がはるかに経済的。そしてアメリカ大陸よりはるかに近い。
広大な未耕地で無農薬のトウモロコシを栽培し、豚のエサとして日本へもってくることが可能なのではあるまいか?
この新しい「東方水上シルクロード」と呼べる航路構想が、ヘリコプターの中で生まれた。

早速大蔵省、農水省などへ単独で訪問し、酒田港の整備依頼を申し込んだ。他の省は乗り気がなかったが、大蔵省主計課長、港湾予算担当課長が新シルクロード計画というロマンに賛同し、予算をつけてくれた。
一方中国側は、合弁会社の設立に奔走する一方、実際に使う船は酒田港に合わせて2000トンの、川と海の両方で使える船を手配してくれた。 
こうして、1992年に、飼料用のトウモロコシ2000トンを積んだ船が、東方水上シルクロードの波をかきわけて酒田港へ入港した。
そして、2002年には黒龍江省との正式な貿易協定が締結され、飼料用トウモロコシの「国際的な産地直送体制」が実現した。

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筆者は、地元酒田市のために一貫して貢献してきている。
さびれる一方の酒田市をなんとかしたい。
これからは日本海時代。
酒田市をアジアに向けた1つの交易の基地になるように復活させ、地元に恩返しをしたいという強い気持ち。
著者は厳しい台所事情を抱えながら、1970〜71年にかけて市開発公社の要請で売れ残りの用地を1.7億円で購入し、76年の酒田市の大火の時は1500万円を商工会へ寄付している。
農林漁業金庫の総裁から「20億円を貴方に貸すから、地元の養豚業者を救うのに使ってくれ」と言われたこともある。
また、酒田空港の整備資金として5200万円を拠出してもいる。
港湾はなんとかなった。あとは「空港の新設、4年制の大学の新設、美術館の新設、高速道路を庄内に引き込む」というのが著者の果たすべき社会的な使命と考え、永年に亘って努力してきた。

幸い、高速道路以外はなんとかなった。
著者が実感していることは、経済が豊かでないと地元は惨めだということ。
まず、民間の経済活動が活発でなければならない。
ところが、日本ではまず政治があって、行政があって、それに依存してやっと生活しているという図。これだから政治がダメになると地方の没落が始まる。
農業も同じことで、農家をダメにしたのは農協を中心とした過保護体制。
そして、減反政策と農業従事者の高齢化で、休耕田が急増している。
平田牧場ではこうした休耕田で、飼料用の米作りを開始している。
かつて、あれほど父親のコメ作りの継承を嫌っていた筆者が、今度はコメ作りに挑戦。
「落ち穂を食べている鴨の肉はうまい」という言葉にヒントを得て、「こめ育ち豚」の本格的な開発に取り組んでいる。

http://www.hiraboku.com/products/komesodachi.html

日本は、家畜飼料用としてアメリカから毎年1200万トンのトウモロコシを輸入している。
このうちの300万トンをコメで代替してゆく、つまり飼料の25%を飼料米に置き換えて行けないかという構想。このために必要な水田は50万ヘクタール。休耕田の半分。
平田牧場の2009年度の飼料米作付面積は692ヘクタールで、2010年は900ヘクタールの計画。なるべく早く25%に近づけたいと努力中。

一方、同社はより消費者に近づくために、2002年に酒田市に「平田牧場 とんや」という直営の飲食店をオープンさせている。
この成功を足場に、とくに2007年度から出店計画を加速化させ、山形、東京、名古屋、仙台、札幌などに、今年10月の時点で21店の直営店を構えてきている。
ワタミやサイゼリアなどのレストラン系が、自営農地を持つようになっていることの裏返しで、これこそが、究極の食の流通革新と言えよう。

同社の2009年3月末での売上高は160億円。従業員は約720人。
豪邸を建てるわけでもなく、社会的な使命に基づく夢と企業の果たすべき夢を追って、筆者の活動はこれからも続く。

他産業のことではあるが、産業人としての生き様に心酔させられる。



posted by unohideo at 06:11| Comment(1) | 食品と農水産業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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