2009年02月15日

農地が国の「資源」ではなく個人の「資産」であること



財部誠一著「農業が日本を救う」(PHP刊 1500円+税)

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この著は、昨年月刊誌「Voice」に連載されていた時から、読み応えがあり、次号の発刊が早かれと待たれるほどであった。
それが、年末にやっとまとめて出版された。
もっと早く紹介したかったが、先に紹介すべきものが多くて延びてしまった。

先進国に比べて、日本が最も遅れているのが農業と林業。
その生産性の低さは目を覆うばかり。
原因は何か。
これは、関係者だったら誰でも知っている。
日本の農地や山林は多くの零細な地主に細分化されており、意欲と経営力のある農家が農地を集約化することが出来ず、計画生産が出来ないため。
農地や山林という日本の大切な「資源」が、どこまでも個人の「資産」として、日本では異常なまでに過保護されている。
このため、国の資源としての活用が大きく阻害されている。

戦前は、日本の農地も山林も、ごく一部の大地主のものだった。
その地主の土地を耕して、わずかな収入を得ていたのが小作人。
この小作人の権利を如何に守るかで、戦前の農林省の役人は進歩的にならざるを得なかった。
封建的な制度を如何に打破するかと考える革新的な人材が多かった。
ところが戦後、敗戦日本を占領したGHQの主導で農地解放が行われた。
大地主が所有していた農地や山林が、タダ同然の価格で国に召し上げられ、タダ同然で小作人に分配された。
多くの農家が「先祖代々の土地…」ということを口走るけれども、日本の農地は先祖代々現在の零細地主が所有していたものでは決してない。
敗戦という国民的な大打撃と引き替えに、アメリカを中心とする民主国家が日本を占領してくれたお陰で、タダ同然で農地をもらえただけのこと。
もし、日本がロシアに占領されていたら、農地は小作人にタダで配られることはなく、どこまでも「国家」のものとなっていたであろう。いまから考えると、その方がよっぽど良かったかもしれない。

そしてGHQは、財閥解体をはじめとして、日本が軍事国家として再興する芽を一切摘み取るために徹底した改革を進めた。
農地が再び地主のものになり、封建国家が出来ないように1947年に「農地法」が公布された。その第1条で、農地法は高らかに謳っている。

「この法律は、農地はその耕作者みずからが所有することが最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、およびその権利を保護し、ならびに土地の農業上の効率的な利用をはかるためその利用関係を調整し、もって耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を図ることを目的とする」

ともかく、都市は焼け野原となり、満州や朝鮮、樺太、軍隊など海外からの多くの引揚者を農家が収容し、もっぱら米づくりに励んで、戦後の極端な食料不足を乗り切るのにこの農地法が有効に作用したことは間違いない。
しかし、その後の農政の失敗は、この時の米の大増産と国家による買上という社会主義的な政策を何時までも維持し、消費者の米離れというマーケットの変化に対応出来なかった点にある。
と同時に、農地法で言うところの「耕作者主義」がネックになり、農業への新規参入を頑なに拒み続け、農業者の高齢化とともに、耕作放棄農地が増加しつづけている現実が露呈。これに対して、何一つ有効な施策が用意されていない無策さ。

「耕作者主義」というのは、法律で「農家でなければ農地を所有してはならない」と規制しているということ。
逆に解釈すれば、農地法は「耕作出来ない農家は、農地を所有してはならない」と読めるはず。
ところが、現在の農地法は、既得権を持った農家が、ニューエントリーを徹底的に規制することには力を発揮するが、既得権を持った耕作者が勝手に耕作を放棄していることに対して何一つ咎める規制措置を持っていない。
つまり、国土という大切な資源を、何の束縛策もなく耕作者という地主の気ままな思いに任せてしまっている。
ここに、問題があると筆者は手を変え、品を変えて強調している。

中国のような社会主義国でないから、「耕作しない土地は国に返還しろ」 ということは言えない。
そうではなく、「耕作をしない農地は、国の大切な資源だから、必ず貸しなさい」という制度にすべきだと言っているだけ。
ところが、日本の農家は、土地を貸したがらない。
1960年に日本の農地面積は607ヘクタールだったものが、2005年には469万ヘクタールにまで減ってきている。なんと140万ヘクタールもの農地が放置されている。そして、年に60日以上農作業をしない「副業的農家」が38.3%を占め、耕作地が30アール未満で農産物の販売額が50万円未満の家庭農園に毛が生えた程度の「自給的農家」が31.3%も占めている。つまり70%は、専業農家ではなく、高齢化による耕作放棄予備軍と言えるのだ。

この耕作放棄予備軍が土地を貸さないのは、もしかして地元の農地委員会が認めてくれて農地が高速道路や、コンビニエンスストアに転用出来れば大金が転がり込んでくる。その時、土地を貸しておいたら、千載一遇のチャンスを失ってしまう。田圃は米を作らなくても休耕田で補助金が貰える。そして、農地は遊ばせておいても税金はタダのように安い。耕作を放棄していても何一つ責任を問われることも、咎めたり罰則を受けたりすることがない。
「誰が余所様に貸すものか!」

農業問題というと政治が悪い、農林省が悪い、農協が悪いなどと言われるが、一番の元凶は「農家のエゴにある」と筆者は断言している。

さすがに、事態をこのままにしておいたのでは農地の流動化が進まない。
一定の規模以下の農家に対する補助金を打ち切り、気力・体力のある生産者農家を中心にした農業の大規模をはかる政策を、安倍内閣の時に打ち出した。
いつまでも、農家の既得権を温存させておくわけにはゆかないという政治の決意。
ところが、2007年の参議院選挙の時に、小沢民主党は小規模農家に対する「戸別所得補償」を打ち出し、農民票を奪って大勝利を収めた。筆者個人的は常に政治的中立を維持することを心がけているが、この補助金ばらまきを公言した民主党の農業政策だけは絶対に許すわけにはゆかないと書いている。
この民主党のばらまき政策が、今の政府の定額給付金など、後ろ向きの政策を生んできている。そして、肝心の農地の流動化政策はストップし、自給率を上げる日本の農業の政策の方向性がハッキリしないまま宙に浮いている。

このままでは、日本の農業の将来性に何一つ希望を持てない気がするが、筆者は3つの点をあげて希望を抱かせてくれる。
1つは、今の農地法を全面的に変えるのではなく「新・農地法」を上から被せて、農地を自由に貸し借りしたい人は新農地法を使い、嫌な人は昔の農地法でゆける方法があるという。
2つは、農地の耕作情報をオープンに公開するシステムをつくることだという。農地の所有システムは公開しない。農地の耕作情報さえオープンになれば、農地の流動化が進むという。
3つは、道州制への移行だという。現在の県単位の農業試験所では国際競争に勝てる技術開発が出来ない。道州ごと専門大学を設け、それを核にイノベーションを図ってゆく。

この著書の粗っぽい筋書きだけを紹介した。
しかし、この著は、そうした理論的なことだけを並べているのではない。
◆生産者しか見ていなかった農協に変わるマーケットインの新しい画期的な動き。
◆悪いところだけをメディアは強調しているが、日本のメーカーの中国におけるしっかりとした生産と検査体制。
◆大企業の農業参入への困難さと数々の失敗例と成功例。
◆日本の素晴らしい農業環境と日本の高度な農業技術。
◆グローバル化時代に海外へ進出する日本の意欲的な農家群像。
◆農協は農家のためのものではなく、農協のための金融機関に成り下がっている。
◆農地の流動化を拒んですいるのは農林省の中の「農地族」。
などの実態をしっかり取材しており、そういった裏付けがあるから説得力を持っている。

今年上半期で、もっとも光る著作の一つである。
posted by unohideo at 09:49| Comment(1) | 食品と農水産業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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Posted by 腕時計 値段 at 2013年08月03日 09:57
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