2009年03月10日

なぜ中産階級の転落が始まったのか?



ロバート・ライシュ著「暴走する資本主義 Super capitalism」(東洋経済 2000円+税)

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この本は2年前にアメリカで出版されて話題を呼び、昨年6月に日本でも出版された。
読まなくてはと思いながらも、それほどの力作とは考えていなかったので、今年の1月まで手にする機会を失してきた。
手にして驚いた。1970年代から急激に変貌を遂げ始めたアメリカの資本主義。
その変貌の原因と変貌がもたらしたデメリットを見事に描き出している。
手垢のついた資本vs.労働という図式はどこにもない。
市民vs.消費者・投資家、 あるいは民主主義vs.資本主義という形で問題を捉える視点の新鮮さに驚かされた。そして、強くなりすぎた消費者と投資家が超資本主義を生みだし、中産階級を転落へ導いているとする主調には説得力がある。

著者はハーバード大やバークレイ校の教授でありながら、第一次クリントン政権では労働長官を務めた経験を持つ。
おそらくオバマ政権に対しても大きな影響力を持っている一人。
著者がオバマ政権にどのような関わり合いを持っているのか。あるいはオバマの政策をどのように評価しているかについては不明。しかし、この著書は超資本主義化したアメリカの金融システムを中心とする体制の行き詰まりと、オバマ政権の誕生を一年以上も前に予言していたかのように感じられる。それほどの予言力に満ちている…。

著書は19世紀後半から20世紀初頭に誕生したGE、USスチール、GM、フォード、ウェアハウザー、スリーエム、IBM、クライスラー、デルタ航空などのアメリカを代表する企業が、いかにして巨大化していったかという点から書き起こしている。初期の頃の資本主義は人道的な存在ではなかった、という部分は省略する。

第二次大戦前に、ニューデール政策の影響もあり、アメリカの産業のほとんどは直接的な規制、あるいは緩やかな政府介入が行われていた。
業界団体が生産調整と価格規制を継続していた。
一次も二次大戦も、戦場はヨーロッパであり、アジアだった。戦火を受けなかったアメリカは大戦の経済的な恩恵を満喫し、大企業はその基盤を一段と強化した。
そして1950年代のアメリカの爆発的な経済成長は雇用を増大させ、賃金の大幅な上昇と福祉の充実をもたらし、ブルーカラーを中心とした中産階級を生み出した。

第二次大戦前に多くの国が専制政治に屈していった中で、アメリカだけが「民主主義」と「巨大資本主義」を両立させることが出来た。
大恐慌の時、空前の規模の政府支出がなかったら大企業は生存できなかっただろう。そして、戦時中は圧倒的な軍事費が大企業を支え、戦後には誕生した中産階級の個人消費の増大が、寡占化した大企業を支えてくれた。

数百万の復員軍人が群をなして帰国し、競って身を固め、政府の負担で学校へ入り直し、政府補助付きローンで新居を購入した。日に4000組の若いカップルが誕生し、洗濯機、乾燥機、エアコン、冷蔵庫、乳母車のほかに自動車も購入した。1949年に1000万台だった自家用車が8年後には2400万台へ急増している。
こうした需要増に対して大企業は「寡占的協調体制」を確立し、大企業労組の協力も得て生産を計画的に行うことが出来た。疲弊したヨーロッパや日本が立ち直るまでの間は、アメリカは独り繁栄を謳歌した。

この時期の特徴を「経済と政治の融合」という言葉で総括できる。巨大企業は大量生産を計画し、実行した。規模の経済が生産性を上げ、生産単価を引き下げた。そして他の巨大企業と公式、非公式に協調し、談合することで巨額の利益を得た。その一部は再投資され、残りは役員や管理職、労働者に配布された。だが、この民主的資本主義は価格が高止まりし、イノベーションはなかなか起こらなかった。
とくにサービスの価格や基準は規制官庁の手で定められた。電力、水道、航空、トラック、鉄道、電話などの事業がそれ。そして、政府は富裕層と企業所得に高い限界税率を課し、その税収の多くをソ連共産党に対抗する国防費、高速道路、教育費、新技術や航空宇宙産業に投じた。

1970年までは、アメリカは計画経済で大きな成長を続けた。しかし、アメリカだけが成長したのではない。それこそ計画経済の権化であるソ連の成長力はアメリカを上回っていた。ケネディが大統領へ就任したとき、フルシチョフ首相は「今の経済成長が続けば、ソ連は20年後にアメリカに追いつき、追い越せる」と豪語した。
しかし、低品質な需要は計画出来ても、国民の高度なニーズに応えるマーケティング力の不足からソ連型計画経済は、アメリカに追い付くどころか自壊への道を歩きはじめた。
そして、アメリカの民主的資本主義を一変させる出来事が起こり、アメリカと世界は「超資本主義」への道を邁進することになる。

冷戦の激化とスプートニクでソ連に先を越されたアメリカは、ペンタゴンとNASAに人と資金を注ぎ込んだ。ここから生まれた軍事用のテクノロジーが、次第に民生用に転化されていった。
グローバル化を引き起こした主要因は、冷戦に関連した開発された数々の輸送・通信技術だった。
貨物船や大型輸送機、海底ケーブル、鋼製のコンテナ、そして大陸間の電気通信を可能にする衛星。これらが、地球上のある地点から別の地点へ物資を運ぶコストを劇的に引き下げた。
それらは、世界的なサプライチェーンの構築を可能にした。そして、大量でなくても低コストで生産出来るコンピューターとソフトウェアの商業利用。さらにはインターネットによる流通サービスも可能にした。これが、旧来の大量生産システムを破壊し、企業競争を劇的に拡大させた。

大規模量販店が消費者の購買力を集約してメーカーに対して厳しい競争力を持つようになってきた。
起業家は通信、航空、陸送、海運、金融サービスの分野で規制の壁を破るようになり、競争はさらに激化した。
そして、消費者と投資家が求める激しい競争は、企業に給料引き下げの圧力となり、組合加入者には大きな痛手となった。
1970年までの民主的資本主義の中心制度であった大手寡占企業。産業別巨大労組。そして規制機関を通じて地元や業界の利権を代表してきた政府。そのいずれもが落ちぶれてしまった。
そして、権力は消費者と投資家に移り、超資本主義が民主的な資本主義に変わって登壇してきた。

1950〜60年代、GMはどこよりも高い収益を上げ、もっとも多くの従業員を抱え、その平均年収は6万ドルだった。
今日、アメリカで最高の収益を上げ、最多の従業員を抱えているのはウォルマート。従業員の平均年収は1万7400ドルで、時間給は10ドル弱でしかない。GEの1/3。福利厚生も健康保険手当もスズメの涙。年金の保証もない。
ウォルマートは地場の商店街を潰す極悪犯人だと決めつけることはいとも簡単。誰もウォルマートで買い物をしなければよい。ところが、同社の労働条件は悪いということを知りながら、多くの消費者が毎日買い物を続けている。国民の多くが年金や投資信託の形で同社の株を取得している。

ウォルマートの社長が、商品を買えとか、株を持ってくれ、と脅かしたり、強要したわけではない。消費者や投資家が勝手にウォルマートを選んでいるだけ。
そして、ウォルマートが地域で寡占的な地位を得たにしても、かつての寡占企業のように価格をつり上げることは出来ない。高くすれば、消費者は他の店に行ってしまう。投資家も、同社の株を売ってしまう。ウォルマートは永遠に低コストを探し求め続けないと存在出来ない。
消費者と投資家の選択肢は増え続けている。

資本主義に拮抗していたソ連や東欧などの社会主義国。それらの国が強力な力を持っていたならば、こんなにも簡単に超資本主義が一切の免罪符を持って民主的資本主義を一掃することが出来なかったろう。
ロシアを筆頭に全ての国が資本主義の中に取り入れられてしまった。
中国は、独裁的のままで民主主義をすり抜けて超資本主義へ走りだしている。
つまり、かつては資本主義イコール民主主義と言える時もあった。
だが、超資本主義は民主主義を犯し始めている。
資本主義と民主主義は敵対関係にすらある。

われわれは消費者であり、投資家でもある。
しかし、一方では労働者であり、社会人であり、地域社会の市民でもある。
その側面としての発言力、行動力、権力が極端に弱くなり、民主主義が世界的に超資本主義に呑み込まれようとしている。

世界的な規模で、ますます企業競争が激烈になってゆく。
この中で、民主主義をどう守り、超資本主義を修正してゆけるのか?
これについては、著者は問題点を指摘し、ヒントは与えてくれてはいるけれども、あえて解答を用意してはいない。
それだけに、問題の根深さと、解決策の困難さを嫌と言うほど知らしめてくれる。
難しい著書ではあるが、一気に読まされた。
一読に値する好著。
posted by unohideo at 05:44| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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