セミナーのあと、1時間近い質疑応答が…。
自分の所属大学名と氏名を記入した質問書を司会の村上周三先生に渡す。
質問者はほとんどが会議員の大学教授ないしは研究員生。
員外の私だがどうしても聞きたいことがあったので、図々しく質問させてもらった。
それは、どの先生も触れなかったドイツのエネルギー・パスに代表されるEUの 「全建築物の省エネ性能の表示義務化」 の問題。
この制度を諸先生方はどのように考えているのか?
また、これに近い制度設計が、日本で制定される可能性があるのかどうか?
質問は、伊香賀先生の 「アパートのオーナーや入居者に対する意識調査」 に関連する質問という形で行った。
「このような意識調査をいくらやっても、オーナーや入居者の省エネ意識改善は期待出来ないのではないでしょうか。やはりEUのような、《省エネ性能の表示義務》 という大きなインセンティブを与えないかぎり賃貸住宅の省エネ改修は進まない。ドイツの例では、この省エネ性能表示の義務化によって、とくに旧東ドイツ時代の中古アパートでの外壁断熱強化と高性能サッシへの取換え工事という一大断熱改修ブームが起こっています。是非日本でも、これに匹敵する制度設計を考えていただきたい」 と。
これに対して、まず伊香賀先生は次のように答えた。
「快適性能を促進し、エネルギー性を向上させる断熱改修工事は、絶対に必要な要件。すでに全国で22の自治体が取り組んでいます。この動きが、これから加速化してゆくことは間違いありません。ただし、日本の場合に法的な義務化というところまで踏み込めるかどうかについては、私は答えることが出来ません」
次は吉野先生の発言。
「EUの省エネ性能の表示の義務化については、強い関心を持っています。ただ、個人的にはエネルギー性能の表示だけでよいとは考えていません。何と言っても空気質とか快適性ということを忘れてはなりません。つまり。Q値だけを追うのではなく、気密性なども追わねばなりません。素晴らしい換気性能を付加してゆくという視点がないと、絶対に成功するとは考えらないからです」
この吉野発言を受けて、村上先生が次のようなコメントを挟んだ。
「吉野先生の言われる通り。昨年春の改正省エネ法が問題です。私が知らないところでいつの間にかC値の基準が削除され、換気に関する基準も削除されていた。これは大変にけしからぬ話。単にQ値だけを追うのではなく、気密性と換気性能も追ってゆかねば片手落ちです。この点はなんとしてでも再改正させねばなりません」
この発言には、正直なところ驚いた。
改正省エネ法で、C値や換気に関する項目が削除され、実質的には改悪でしかなかったのは、村上先生等上からの圧力、つまりトップダウンの指示があったからではないかと私は考えていた。昨年の春の新建ハウジングに記載された鈴木大隆氏のコメントを読んで、そのように早トチリをしていた。
そうではなく、気密や換気が持つ意味の重要性が分かっていない半端役人の段階で、大手プレハブメーカーなどの入れ智恵で、この大切な項目が外されたというのが真相らしい。
いまさら犯人捜しをしてもラチがあかない。
ともあれ、村上先生が「気密と換気の項目を外したのはけしからぬ」 と断言したことは、大変に喜ばしいこと。
これだけでも質問した甲斐があったと言える。
これに加えて、藤野氏が次のようにコメントした。
「私どもの中長期計画では、次世代省エネ基準を上回る《推奨基準》を考えています。その推奨基準ではQ値はもとより、C値も0.5p2としています」と。
C値が0.5p2という推奨基準は、国交省が言うところのトップランナー基準のことを指すのか、それとも経産省で別の基準を考えているのか?
質問しようとしたら、浅見先生か中上氏かが、更に次のようにコメントを加えた。
「アメリカの建築業界は大変に遅れているように思われているが、ハーズなどで省エネ化が進んでいます…」 と。
ハーズ?
昔、R-2000住宅をオープン化する時に、坂本雄二先生にお願いしてコンピューターのソフトを開発してもらった。それをHERS(Handy Energy Reckon System)と呼んだ。それがオーソライズされてSMASHになった。あとは光文社のファッション雑誌名のことは知っているが、アメリカのハーズは聞いたことがない。これまた質問しようと思ったが、話題はさらに先へと進んだ。
「ご案内のようにアメリカの環境保護庁は、エネルギースター制度を発足させており、エネルギースターでビルのランキングが発表されるようになってきています。上位にランキングされたビルの不動産価格は、当然のことながら上がってきています。EUの性能表示の義務化以外でも、世界ではこのような動きが出てきており、経産省ではこのエネルギースター制度を日本へ導入すべく、現在準備を進めています」
アメリカのエネルギースター制度は、オフィス機器の省エネ化からスタートし、現在ではビルそのものの省エネ性にまで及んでいるらしい。そして、オフィス機器に関しては10年前にEUとも提携の調印をしている。
詳細な実態は分からないが、日本のカスべ(CASBEE)よりは普遍性を持っているのだろう?
そして、各氏の発言を総括する形で村上周三氏が次のように話した。
「いずれにしても、当該するビルや住宅の省エネ性能が、誰の目にも明確に分かるものでなければなりません。つまり、性能の《見える化》が必要です。もちろんこの性能は省エネが主体となりますが、先ほど指摘があったように気密性や快適性を含めたものでなければなりません。環境省は、住宅やビルの標準化を行った上でラベル化を考えています。EUの省エネ性能表示義務化とは若干異なるかも知れませんが、性能の表示化は避けられない方向であり、私どももその実現に向けて努力を続けて行きます」
すでに書いた疑問の外に、もう一つ質問したいことがあった。
それは、「日本住宅の最大の大家は公営住宅の地方自治体であり、国交省所管の公団住宅。この低性能な中古住宅を多く抱えている国交省は、本来は率先して大規模断熱改修工事を行うべき。けれどもカネがないから自分から言い出せない。このため、経産省とか環境省あたりに音頭を取ってもらわない限り、既存の中古賃貸等の本格的な断熱改修工事は、日本では進まないのではないか」 というもの。
しかし、部外者の私の質問で大幅に時間を取ってしまい、追加質問をする時間がなくなりタイムアップ。
感想を一言で言うならば、今までは各先生ともEU主導の 「省エネ性能表示の義務化について」 は積極的に発言をしてこなかった。
だが、諸先生はかなり勉強をしていて、それに近い制度の必要性については十二分に認識していることはわかった。
その点では満足出来る成果が得られた。
しかし、肝心の産業界や政界、報道界には真の意味でリーダーが不在で、意欲と盛り上がりに欠けている。
こんな時に、積極的に動いてくれる政治家が一人もいないのだから情けなくなる。
小沢チルドリンかんな何人いても全く意味がない。本当に住宅のことと環境のことが分かる政治家を、一人で良いから育ててゆく義務が産業界にあるのだが…。
結局は、経産省か環境省の意識の進んだ役人が、どれだけ優れた仕掛けを用意できるかにかかっている。 としか言えないようだ。
どんな形で議論が尽くされ法制化されてゆくかを、静かに(時には騒々しく)見守ってゆくことにしょう。