三井ホームの実質的な創業者であった元岡田徳太郎副社長。
「三井グループが住宅産業にエントリーするなら、ツーバイフォーに限りますよ」 と焚きつけた1人として爾来40年間、いろいろ薫陶を受けてきた。
80才の大台を超えられたが、未だに好奇心が旺盛で、三井物産やトヨタホームの顧問として、電車で飛び回っているから、すごい。
その岡田氏が、昨年暮れにつぶやくように言った。
「いや・・・。ユニクロはすごいね。完全に一人勝ち。物産の繊維関係者は勝負にならないとこぼしている。住宅業界にユニクロのような企業が誕生してくる可能性はあるのだろうか?」
まず無理だろうと思ったが、私はとっさに答えていた。
「もしかしたら一条工務店に、唯一可能性があります」 と。
私の 「一条工務店のユニクロ説」 に対して、まともな考えだと興味を示す人は、まずは居ない。
「何を、寝言を言っているか・・・」 と一瞥されるのがオチ。
しかし、岡田氏は私が列挙する理由をじっと聞いて、「なるほど」 と肯いた。
決して賛意を表したわけではないが、「それはおかしい」 とは言わなかった最初の人である。
私が一条工務店に関心を持ったのは4年前、同社がダイキン工業に対して熱回収率90%の全熱交換機を、仕様書発注をするかもしれないと聞いた時。
一条工務店というのは、それまでアンチ・ダクト派。
それが、いきなり全熱で90%の熱回収率を求めているという。
社内のアンチ・ダクト派を説得するためには、ダクトシステムには問題がないということを立証しなければならない。
そこで、「築10年程度のセントラル空調換気システムの家で、ダクト内の細菌を蒐集して試験を行いたい。該当する施主を紹介して欲しい」 とダイキンの課長から頼まれた。
築10年というと、スパイラル・ダクトに切り替えた初期のもの。
そこで、八千代市のS邸を紹介した。
外気の吸気口から熱交換機までのダクトと、排気ダクトの中は薄くホコリの膜があるのは事実。
しかし、問題は熱交換機からの給気側のダクト内部。
今までも、何回となく解体中のモデルハウスのダクトを調査してきているので、問題は皆無だと確信していた。
しかし、日本食品分析センターで、正式にカビフローラ検査を行ってもらうという。
いささか心配になったが、結果は日本の家屋に多い5種類のカビが、いずれもダクト内で見つからなかったという嬉しい報告書が提出された。
その次ぎに、一条工務店について新発見があったのは3年前。ダイキンから 「一条の幕張展示場に新しい熱交(一条はロスガード90と命名)が取り付いたので、内々の披露を行うから参加しないか」 との誘いがあった時。
新しい熱交その物は、一条の了承のもとに3台使わせていただくことになっていたから珍しくは感じなかった。ただ、ダイキンが製作したのは熱交本体だけで、各室への分配ユニットは一条が独自に開発したと聞いて驚いた。1立方メートル単位で調整出来るという。
さらに驚いたのは、同社はPVCサッシだけではなく、ダブルハニカムのスクリーンもアメリカから技術を導入して、自社で生産しているという。
それだけではない。なんと真空断熱材まで自社生産しており、浴槽に使っていると聞いて、同社に対する印象が一変した。
かくて、一昨年、昨年の2年間に、一条工務店は延べ1万台の 「ロスガード90」 をダイキンに発注している。
このような画期的な新商品を、住宅メーカーの責任で大胆に仕様書発注するというニュースは、最近ほとんど耳にしていない。30年前までは、大手住宅メーカーによるサッシなどの部品や設備の仕様書発注はあった。しかし最近は、仕様書発注力はとみに低下してきている。
それだけに、一条工務店の仕様書発注は、目立つ出来事だった。
その一条工務店が、昨年早々に札幌・手稲の新街区にi-cubeの体験棟を完成させた。
Q値がなんと0.76Wで、50坪の住宅の販売価格が坪53万円。
北海道住宅通信の野島氏に 「本当?」 と聞いたら 「間違いない。床暖房やロスガードなどの設備込みの価格」 との返事。
これは是非とも見学しなければならない。
i-cube開発に関する中心的な技術屋さんから、「宿泊体験しても良いですよ」 との返事をいただいた。
そこで、「宿泊体験は私だけとして、内地の仲間や札幌の仲間も見学に加えてもらえないか」 と無理なお願いをしたら、OKとのこと。ただ、あまりにも火急な1泊2日のスケジュールのために、内地からの参加者が2人だけだったのが残念。
この詳細は、この欄のカテゴリから(住宅メーカー)を開いていただくと、「一条の挑戦」 と題して09年4月15日、20日、25日の3回に亘って掲載しているので、参照して頂きたい。
この宿泊体験で私が得た最大の成果は、一条工務店という会社は他の住宅メーカーとは考え方の根本が違うということを発見出来たこと。
ほとんどの住宅メーカーは、アウトソーシングと美名のもとで、極端なことを言えば営業と経理関係以外は外注に依存してきている。設計とか現場監理という技術者の採用は、営業がらみ以外は極力抑えてきている。
「仕事さえ取れれば、後は何とでもなる」 という発想。
これに対して一条は、現場で材工込みで15万円以上かかる部品や設備を全て内製化してきている。
先にあげたPVCサッシ、ダブルハニカム、真空断熱材だけではない。システムキッチン、システムバス、厨房セット、洗面セット、下足セット、出窓セット、本箱セット、サウナユニット、ホームシアターセット、和紙でつくる畳表から畳、ドア、ケーシングなどの造作材、構造材の全てをフィリッピンの工場で自社生産している。
そして、一条工務店はフィリッピン工場のことを、ホームページでも社内の広報関係の図書類でも、全く触れていない。会社四季報にも載っていない。
私だったら、自慢げにフィリッピン工場の大きさやその設備内容の凄さをPRするであろう。しかし、同社は沈黙したまま。
したがって、ほとんどの住宅関係者は、私を含めてフィリッピンに工場があることは知っているが、その規模がどれくらいのものなのかは知らない。
そこで、「フィリッピン工場の敷地はどれくらいなのですか」 と聞いてみた。
「はっきりした数字は忘れましたが、車でないと移動できないことは事実です」 と体よく逃げられてしまった。
ともかく、原木を置く大きなストックヤードから、製材工場、乾燥工場、防蟻処理工場、各種木製品加工工場、サッシや真空断熱材、ダブルハニカムなどの加工工場が延々と続いているらしい。
そのほかに、開発部が同工場内にあって、いくつかの試験棟や実験施設も持っているらしい。
さらには、かなり厖大な数のフィリッピンの若いエンジニアを擁していて、全国の営業担当者から上がってくる要望を、その日のうちにCAD化しているらしい。
なにしろ、フィリッピン工場の写真すら見せてもらえないので、想像をたくましくする以外に手段がない。
ただ、私が札幌・手稲の宿泊体験棟で直感したのは、i-cubeは同社にとって内製化の究極的な姿だということ。
つまり、今までは如何にプレカット化しても、現場で大工さんに依存しないと家が完成しなかった。このため、部品や部材がいくら安くなっても、価格的にはそれほどメリットが示せなかった。
ところが、i-cubeという206と210材を使って工場でほぼ完成化し、建て方は現場で1日で済むようになった。
その結果、Q値0.76Wという性能住宅を50坪で、坪53万円で売って十分な利益が確保出来る見通しを得たのだと思う。
つまり、ユニクロのように新しい性能を、専門工場に作らせることによって価格競争力をつけてきている。タマホームにはイノベーションらしきものが見られなかった。しかし、一条工務店はイノベーションを行っている。だから怖い。
一条工務店という会社は、テレビや新聞などの媒体を使って華々しくPRをする会社ではない。全国に330ヶ所あるモデルハウスを使って、徐々に、確実に前進を続ける会社。
そのため、i-cubeの普及には、モデルハウスの建て替えが大前提にならざるを得ない。
そのモデルハウスが地元に建てられていないから、地場のビルダーに現時点では切迫感が見られない。
だが、やっと昨年の後半から建て替えのピッチが上がってきているようだ。
ユニクロほど華々しくはないが、一条こそが地場ビルダーにとって最大の強敵になる。
日本の住宅を大きく変えるものは、ドイツのパッシブハウスではなく、間違いなくi-cube。
i-cubeが伸びることで、日本の住宅が一新する。
地場ビルダーも、否応なしに本格的なイノベーションが迫られてくる。
i-cubeに対等に戦える武器を、今のうちに地場ビルダーは準備し、装備しなければならない。やる気になれば、大変に苦しいけれども準備は可能になりつつある。
札幌の3-0-3のメンバーは、いち早く取り組んでいるが、全国的にはノホホンとしている。
しかし、ノホホンとして居られるのも、今年の前半までだと考えた方が良いようですよ・・・。
なお、一条工務店は杉山英男先生の業績保護活動でも素晴らしい働きを行っています。この件については、別の機会に報告したいと考えます。