茨城県のY.Sさんから、準パッシブハウス住宅の、「年間暖房・冷房・換気」の2年間に亘る貴重な実測記録の報告メールをいただいた。
このY.S邸はツーバィフォー工法で、1階が80.4m2(24.62坪)、2階が56.17m2(16.99坪)で、延べ床面積は136.57m2(41.31坪)。
主な性能仕様は、天井断熱はセルロースファイバー25K 300mm、外壁は208で高性能GW16K 180mm、床は210で高性能GW16K 230mm。
サッシはU値1.3Wのガデリウスのウッドサッシでガラスはトリプル。
換気はダイキンの全熱交換機・ベンティエールで、熱回収率は90%と高効率。
空調セントラル全館空調で、当初ダイキンの動力 ジアスインバーター2.5馬力(6.3kW)を用いていた。Q値が0.9Wを切っており、いままでのように8kWの機種は必要なく、平方メートル当たり46Wで十分だとメーカーは計算。
しかし、この動力機は除湿に大問題があったので、これを今年の6月13日から再熱ドライのアメニティビルトイン5kWに変更。
気密性能は、隙間相当面積で0.23cm2。パッシブハウスの規定をクリアー。
事前に、何回か簡易熱計算プログラムBuilder KG3.0.0で計算したY.S邸のQ値は0.86Wであった。だが途中で仕様が一部変更したのと、最終的にSMASHで精密に計算したわけではないので確言は出来ないが、0.9W以下であることは間違いない。
Y.S邸に用いた断熱材やサッシは、特別に珍しいものではない。
全国各地で採用されている方式の1つにすぎない。
施主は普通のサラリーマン。
パッシブハウスという新システムに強い関心を持って頂いたが、特別の予算枠があるわけではない。したがって、断熱仕様で特殊なことは出来ない。
ただ、大手プレハブメーカーの価格に近い価格は覚悟して欲しいとお願いした。
「多くの仲間の方が契約されている範囲で考えて頂きたい」と。
そうすれば、「性能は限りなくパッシブハウスに近い素晴らしい省エネが得られ、快適なセントラル空調換気を満喫いただけます」をセールスポイントに・・・。
唯一の目新しさは、ダイキンが一条工務店から仕様書発注を受けて開発した全熱交換機・ベンティエールを、一条の了解のもとに単なる換気システムとしてではなく、セントラル空調換気システムとして日本で最初に採用したこと。
ご案内のように、全熱交換機は温度だけでなく湿度も交換する。
表日本の冬期は、世界に例をみない過乾燥に特徴がある。加湿を行わずに温度を20℃以上に上げると相対湿度は20%を切ってしまう。ノドがいがらっぽく、風邪やインフルエンザに罹りやすくなる。
この過乾燥状態が、全熱交換機を採用することによってかなり緩和される。
それが、どの程度緩和されるかがよく分からなかったので、念のために持って居られる簡易加湿器の併用をお奨めした。
しかし、湿気が交換するということは、匂いや細菌も一緒に移動する懸念がある。
一条工務店はこのシステムを「ロスガードシステム」として、換気専用に使用している。そしてトイレと浴室は個別排気とし、リターンさせていない。トイレや浴室の床まで床暖房している一条だから可能なシステム。
しかし、Y.S邸ではトイレ、浴室も含めたセントラル空調換気システム。このために、日本の素晴らしい発明品である光触媒機能をリターンダクトの中に設置し、匂いや細菌が熱交換にまぎれ込まないようにした。
ここまでは良かった。
だが、冬期の加湿のことばかり考えて、肝心の夏期の除湿のことを失念してしまった。
本来は、「センサー・ドライ」と呼ばれる弱運転によって除湿を行う動力機ではなく、再熱ドライ機能を持つアメニティビルトインの機種を選ぶべき。
20年前に、最初にダイキンの住宅用セントラル空調換気システムを採用した時は、空調機とは別に換気側に除湿の室外機が用意されていた。このため、動力機を採用しても問題がなかった。
しかし、私が第一線を退いた後でエアカルテットPLUSが発表され、除湿のための室外機が取り外されていた。
それが取り外されたのは、単相200Vのいくつかの機種のみが再熱ドライのアメニティビルトインに切り替え済みであったから・・・。
R-2000住宅よりもはるかに性能の良い準パッシブハウスの場合は、冷房運転時間がさらに短くなるのでより除湿が問題になる。
そのことを、メーカー側からも工事側からも強く指摘して欲しかった。
「全熱交換機だから、夏の除湿が顕熱交換機以上に大問題になるはずだ・・・」と。
Y.Sさんの資料は、完成が秋だったこともあって、シーズン統計は暖房が始まる11月から翌年の10月までとなっている。
初年度の07年11月から08年10月までの年間の暖房・冷房・換気のエネルギー消費量は次のようになっている。
23.29kWh/m2 (暖房12.68kWh/m2、冷房4.92kWh/m2、換気5.69kWh/m2)
ご案内のように、私のホームページの今年のトップに、当面の目標として24時間全館空調換気を行って、「冷暖房・換気のエネルギーを20kWh/m2とする」を挙げている。
この前提条件として、冬期の設定温度は22℃で相対湿度が40%。 夏期は設定温度が28℃で相対湿度が50%を考えていた。
ところが、08年の夏のY.S邸の温度と相対湿度はひどいものだった。
熱損失の性能が良すぎて、温度を25℃と低めに設定しても、空調機はすぐに運転を停止してしまう。室温が25℃に維持されているため、なかなか運転を再開してくれない。
換気で外から湿度がどんどん入ってくる。
このため、25℃で相対湿度が70%という日が続いた。
初めてセントラル空調換気システムの夏を迎えたY.Sさん。
「このシステムは、こんなものなのだろう」と考えて、それほど問題視していなかった。
ところが、杉並のSさんは10年来のR-2000住宅での生活体験者。
「除湿が機能していない」との連絡が入り、メーカーと工事業者ともども何回となくS邸を訪れて対処方法を検討して措置した。しかし最終的には、1台の動力空調機を再熱ドライのアメニティビルトイン2台に交換するしか方法がなかった。
その情報をY.Sさんに都度伝え、遅くなったが動力機を外して今年の6月13日からやっと再熱ドライ機が稼働を開始した。
一夏、Y.Sさんご一家に不愉快な思いをさせた責任は、無知だった私にある。
しかし、関係するプロの中の誰か1人でも早く気付いてくれたら、ご一家にここまでご迷惑をかけることはなかった。
そういった意味で全国の仲間の皆さんに、対岸の火事視することなく、除湿の持つ意義の大きさを再考していただければと心から願う。
こうしたこともあって、08年11月から09年10月までの2年度の年間暖房・冷房・換気のエネルギー使用量は下記の通り。(データを提出頂いた日が早かったので、10月の数字に2週間分が含まれておらずやや過小。ほとんど暖房も冷房も必要ない時期なのでそれほど違わないが、正しい数値は後日発表します)
23.69kWh/m2 (暖房11.89kWh/m2、冷房6.09kWh/m2、換気5.72kWh/m2)
2008-2009.pdfこれを図にしたのが上。
この中で、何と言っても目につくのが冷房エネルギー。
再熱ドライ運転をした今年が6.09kWh/m2で、再熱運転をしなかった昨年が4.92kWh/m2。その差はたった1.17kWh/m2。
これは、今年の夏が冷夏であったことと、Y.S邸では工夫を凝らし、電気代が安い夜間を中心に「再熱除湿運転」を行い、昼は「冷房運転」に切り替えていたため。
そして、特筆すべきは設定温度と湿度。
冬期は設定温度24℃で、相対湿度は40%。
夏期は27℃で、50%。
私がR-2000住宅の250世帯で聞いた冬期の平均設定温度は22℃。それよりも2℃高い。
2℃温度が高いと相対湿度は6%下がって34%程度となるはず。
それなのに相対湿度40%に維持されている。ということは、簡易加湿器がかなり稼働しているからではないかと最初は考えた。
「冬期は、洗濯物を室内で干していることもあり、たしかに簡易加湿器は使いましたが時折つけていた程度。簡易加湿器のエネルギー量は2年度までは計測していません。3年度は気をつけてチェックしてみます」とのこと。
全熱交換機の冬期の加湿能力は、注目に値するだけの価値がありそう。
それと、夏の27℃で、昼間は冷房運転なのに平均相対湿度が50%近くに維持されていたという事実。27℃だと55%でも十分に涼しい。相対湿度が50%だと28から29℃でも決して暑くはない。
このような、贅沢な設定温度と湿度で、年間冷暖房・換気エネルギーが23.7kWh/m2というのだから、私が今年の正月に提起した数値に、実質的にほぼ到達していると言っても過言ではあるまい。
あとは空調換気のCOPが一段と良くなり、サッシの性能がU値で1.0Wを切るようになり、ペアガラスの外側にブラインド付きのサッシが開発されてくると、冷暖房・換気面ではパッシブハウスの個別の性能を凌駕することが出来る。
そういった意味で、Y.Sさんのデータは、大きな希望を与えてくれている。
今年の爽やかな夏を経験してY.Sさんは、次のような本音の感想をメールで伝えてくれています。
今年は冷夏だったからかもしれないが、再熱除湿の費用が想像以上に少なく、大変に「お得感」がありました。
そして、昨年の夏に比べて再熱除湿がなされた今年の夏の快適さの改善度は驚異的でした。全く別世界が出現しました。
単に快適、不快適というだけでなく、もっと大きなメリットがありました。それは、ダニ・カビの心配から解放されたという安心感。
フローリングも畳もサラサラ。
お布団はふかふかで、干す回数が減りました。
もちろん寝苦しい熱帯夜はありません。
冬の快適さは言うまでもありません。
例年は、11月末まで暖房が不要。
無暖房でも床が冷たいということはなく、スリッパいらず。
そして、本格的な暖房が始まっても機械が稼働しているのは夕方から早朝にかけてのみ。
昼の時間帯は、空調機はお休み。
問題の中間期。
新しい換気装置の持っているバイパス機能は非常に有効です。
しかし、オーバーヒートは実際に生じています。
友達が多く遊びに来た時などは10月でも29℃になることがあります。
外気を取り入れることが理想ですが、風がない日もあり、なかなかうまくゆきません。
窓をあけ、キッチンの換気扇を排気モードにして強運転させてみましたが、それほど効果がありませんでした。
換気扇に電気代を使うよりも、やはり効果的なのは再熱除湿。
こうした例外的な事例には、再熱除湿に用いる多少の電気代は許容範囲だと言えます。
最後に、衛生面で多少危惧される全熱交換機。
今のところ、匂いの不快感や健康上の懸念はありません。
まだ2年ですから問題がないのは当然で、出てくるとすればこれから・・・。
これからもデータを取りながら、準パッシブハウスの性能を追い続けてゆきたいと考えています。